院内に飾られた一枚の素描と、私たちが大切にしている「眼差し」
目次
当院の受付横の壁に、一枚の小さな素描を飾りました。
今回は、この絵との出会いと、そこに重ねている私たちの診療への想いについてお話ししたいと思います。
アーティスト・三木麻耶さんとの出会い
作者は、東京を中心に活動されているアーティスト、三木麻耶さんです。
友人が主催するアートイベントで、偶然に出会うことができました。
作品のタイトルは、「色の行方を見つめるこども」。
三木さんが手がけている「筆洗い」のイメージを描いたものです。
水に溶け出した絵の具が混ざり合い、刻々と表情を変えていく。その不思議な移ろいを、一人のこどもが無心に見つめている。そんな静かな瞬間が描かれています。
ひと目で惹き込まれた理由
私がこの絵を初めて見たとき、不思議な感覚がありました。
水の中で絵の具の色が混ざり、薄まり、姿を変えていく。その様子を、ただじっと見つめている姿が、自分の内側にあるものと深く重なったのです。
もちろん、描かれているのは私ではありません。
けれども、この作品にある「先入観なく見つめる眼差し」には、どこか自分自身の原点のようなものを感じました。
知識だけで結論を急がず、まず丁寧に見ること
この絵は、私たちに「ありのままを素直に見ること」の大切さを思い出させてくれます。
診療では、知識や経験は欠かせません。
一方で、知っているからこそ、目の前の事実より先に結論へ向かってしまう危うさもあります。頭の中の分類や予測に当てはめることが先に立つと、実際に起きている小さな変化を見落としてしまうことがあるからです。
だからこそ私たちは、まず患者さんのお話をよく伺い、実際の状態を丁寧に見つめることを大切にしています。
必要であれば、時間をかけて変化を追う。そうして初めて見えてくることもあります。
一度見ただけでは分からなくても、記録を残し、時間を置いて見直すことで、初めて気づけることがあります。
そのため当院では、カラー写真やレントゲンなどの記録をしっかり残し、経過とともに見直すことも重視しています。
職種を越えて、「気づき」を大切にするチームでありたい
この「よく見る」という姿勢は、歯科医師や歯科衛生士だけのものではないと考えています。
患者さんをお迎えし、言葉を交わし、日々のちょっとした変化に接している歯科助手を含め、スタッフ全員の気づきには大切な意味があります。
たとえば、
「今日はいつもより表情が少し暗い気がした」
「お帰りのとき、少し歩きにくそうだった」
そうした小さな気づきは、職種や経験年数にかかわらず、患者さんを理解するための大事な手がかりになります。
当院では、直接見たこと、感じたことを、立場に関係なく持ち寄って共有できる関係を大切にしています。
また、自分では気づけなかった視点を他のスタッフから教わることで、次に見えることも増えていきます。
そうした積み重ねが、医院全体で患者さんをより丁寧に見ることにつながると考えています。
「待つ」こともまた、誠実な診療の一つ
日々の診療の中では、原因がすぐにははっきりしない違和感や、見た目の変化はわずかなのに、患者さんにとっては切実な悩みであることがあります。
そうしたとき、お口全体の状態が保たれているからこそ、あえてすぐに手を加えず、繰り返し見ていくことが最善となる場合もあります。
しかし、早く答えがほしい方にとっては、それはもどかしく感じられるかもしれません。
それでも私たちは、必要性をよく見極めながら診療を進めたいと考えています。
一度削った歯や加えた処置は、元に戻せないものが多いからです。
たとえ私たちの提案がその場では十分に受け入れられず、他の医院で相談されることになったとしても、当院での診療が、患者さんにとって納得して次に進むための時間になればと願っています。
おわりに
この小さな素描は、私たちにとって、慢心せず、いつも新しい気持ちで患者さんと向き合うための原点のような存在です。
ご来院の際は、ぜひ受付横の絵にも目を留めてみてください。
その静かな眼差しが、私たちの診療の中で大切にしたいことを、少しでも感じていただけるきっかけになれば嬉しく思います。

